サッカーワールドカップの試合をみながら感じていたのが、国のイメージとその国の選手の身体的特徴の不一致。
要は移民系の選手が多い国が目立つのだ。フランスなんかは有名だけど、僕はドイツとかスイスのチームをみてもその印象が強かった。ドイツ代表は秋葉原のケバブ屋さんのトルコ人っぽくて、僕が思い浮かべるドイツ人っていう感じではなかった。
各国代表チームなんていう大雑把な言い方をするから、え、その国を代表しているようには見えない人たちだなと感じるのだが、実際にはサッカー協会が選抜した人たちであってその国を代表しているわけではない。国というのは土地や文化や歴史や人などあるから簡単ではない。例えば、日本の歴史に出てくる聖徳太子とか菅原道真とか織田信長とかの絵をみて白人や黒人っぽくは見えない。
最近はなに人というと国籍を指すことになるのだが、身体つまり自分のご先祖から受け継いだものも非常に大きな意味を持つ。身体的特徴がなに人かを指すということも大いにあるのだ。
例えば、日本人は胃癌になりやすい。だから定期健康診断に胃の検査が必ず入るのだが、ここでいう日本人というのは日本国籍保持者のことではなくて、昔からこの島に先祖代々住んでいる大多数の人間たちのことを指している。なので、移民系の日本国籍保持者の場合には胃癌のリスクはそこまで心配しなくてもいいかもしれない。
僕は今の時代は非常に個人主義で身体を無視することが多いと感じているのだが、身体を無視するのは上手くいかないと感じている。身体を無視して、自分の意識の届く範囲だけに限定して人権なども語られているように思うのだが、身体を無視することも無意識を無視することも難しいと思う。例えば、様々な地域の文化はそこに住む人たちの身体的特徴が原因になっていることも多いだろうし、風土が長い年月をかけて肉体的特徴を生む、そのようにして短足だったり、背が高かったり、太っちょだったりしているわけだ。
個人主義の時代だから身体を捨てて全部自分の意識の願う形にしたいということなんだけど、身体はそれを許してくれず、自分の人生だけではどうしても越えられない壁になっていて、何代かあとの自分の子孫がようやくそれを乗り越えられるというのが現実だと思う。