エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計という本、これが僕のソフトウェア開発のやり方と同じということらしいので読みはじめた。
まだ最初だけど、たしかに自分に馴染みのある考え方というか、そうそうと相槌を打つ感じ。20年以上前に書かれた古い本だけど、僕はこの作者と気が合いそうだ。この本でいうところのドメインというのはつまり僕の言葉で言えばソフトウェアが対象にしている物事ということだ。
最近は読書していなかったので読み進めるのが楽しみ。
僕のやり方だと自分自身がお客さんのビジネスを理解してドメインエキスパートになって設計も実装も全部やるという感じなんだよな。だから上手くいく。自分で全部やったら上手くいくに決まっているわけだ。
AIブームにつき、AIをどんなふうに使えるかをよく考えているんだけど、やっぱりいまいちなんだよな。
僕は今のAIなんかよりも炊飯器や湯沸器、洗濯機のほうがよっぽど好きだ。
こいつらの何がいいって、結果を保証してくれる、僕は完全に仕事をこいつらに丸投げできる。こいつらは最後までやり抜く。それがいい。
AIは何をやらせても中途半端なんだよな。やり抜くことができない。だから使いづらい。一々こっちがチェックしないといけない。
AIが僕の代わりに吉野家でバイトをして、稼いだ金を全部僕にくれるようになったら、僕はAIを大好きになる。
じゃあAIは何が一番できるかというと、試行錯誤だと思う。不完全ではあるが、玉数は多いので、めちゃくちゃに撃ちまくることはできる。
僕は生活の中であまり試行錯誤が必要じゃないんだけど、試行錯誤をたくさんやりたい人には今のAIはとても役に立つ。
だから、迷惑メール業者たちは大喜びでAIを大活用し、毎日僕に迷惑メールを大量に送ってきている。
なので、僕がAIを使えるとしたら、自然言語の短かい文章を単純なコマンドに変換する関数としてかなあ。
壁打ち相手としては、独創性はないけど、まあいないよりはマシという程度。
うちの会社は無名、誰も知らない、すごく小さい。なんでそんな会社がソフトウェア業界の片隅でまだ存在できているのかというと、炊飯器並みに確実に結果を出す、お客さんにとって仕事を安心して任せることができる存在だから。
ソフトウェアも二種類ある気がするんだよねえ。大企業で働いていた妻の話を聞くと、大企業は有名なソフトウェアをよく分からんけど導入してあんまり使わんままに何億円か払って何年かあとに別の似たようなソフトウェアに交換したりするらしい。
そういう有名な会社の有名なソフトウェアは有名というだけで何億円かもらえちゃうのであんまり結果を出さなくてもいい。そういうところにはAIは向いていると思う。
で、僕の会社みたいな無名のソフトウェアの場合には結果を出すという事実だけがこの世に存在するための唯一の方法。なので、AI機能を入れるとしても、この結果を出すっていう部分を毀損しない形にしないといけない。そうしないと無名で役に立たないということになってしまうのだ。
じゃあ、AIと競合することになる仕事ってどんな仕事かというと、AIの特徴と被る仕事。
なので、AIを大活躍させるのは、僕ら人間側がもっとゆるゆるの軽いノリにならないといけない。
消費税の計算なんて間違っててもオッケー、税務署も全然怒りません。法律の解釈もだいだいそんな感じで、ハルシネーションも許しちゃう!そういう社会だったら、AIはとてつもなく高速に大量の仕事をめっちゃおおざっぱにやってくれる。そういう社会はどんな感じになるだろうねえ。AI動かすための原発は余裕でメルトスルーしそうだけど、細けえこたあいいんだよ!
最近はよくAIの機能について考えている。私たちのソフトウェアであるERP5を開発するときにAIで何ができるか、そしてERP5にAIの機能を組み込んで何をもっと便利にできるか、そういう感じのこと。
で、すごく思うのは、とにかく考えるのはお金も時間もかからんし楽しくて最高だということ。
AIは使うたびに電気は食うし、有料のAIだとトークンで課金されるし、という感じなのだが、自分で考えるのって全然お金かかんないし、考えるのは掃除とか徒歩とか何かしながらできるんで、タイパもコスパも最高。それでよく考えたら、それが役に立ってお金儲けにも繋がってくる。
ということで、やっぱり自分の頭で考えるのはお金も時間もかからずにとてもいい。
昨日は伯母の葬儀だった。とてもお世話になっていてうちの家族はみんな伯母さんが好きだったのでさみしいのだが、でもいいお葬式だった。
翻って自分自身を考えてみると、僕は世話好きでもないし、人も組織も育ててはいないので、ああいう素敵な会はできないな。
テレビでみた桶職人の話、継ぎ目が全然みえない見事な桶を作っている人、腕前もすごいけど、商品開発力も素晴らしく、ワインを入れる高級な容器を桶で作っていて世界で売れている、若い職人を何人も雇っている。えらい。
僕も自分の得意を自分だけに留めないで組織を作りたいと長年思っているのだが、ソフトウェアは物理的な存在じゃないし、ワインクーラーのように同じものを何個も作らないでお客さんごとに一品限りのものなんで、全然広げられない。じっくりと時間をかけてよく考えるのが大事としか言いようがないので、文章にしてAIに教えることもできん。使い道があまりない得意技だなと思う。
全ての暗黙知が形式知にできるわけじゃないのでまあ仕方がない。
そんなわけで、AIコーディングが今話題だけど、自分の場合にはちょっとしたことにしか使えないというか、核の部分を作るまでは自分でやって、枝葉の部分でAIコーディングができるかなと思っている。枝葉の部分も通常のプログラムを書いて楽ができる部分は多いので、AIじゃないと楽できない枝葉って何かなと思っている。そういう点でいうと僕の場合には全自動のAIコーディングよりも補完機能のAIコーディングのほうが便利な気がするな。
そして、エネルギー危機になりそうな中東情勢を考えると、スクリプト言語以上の超富豪プログラミングであるところのAIコーディングには平和が必要だなと思った。
AIでどうのこうのという話があるけど人間って本当にそんなに甘くないし、扱いやすくもない。
自分のやりたいこととか困りごととか知っていること知らないことを自ら進んでちゃんと文章で説明できる人、そんなやつ滅多にいないよ。
だから、仁藤さんたちのColaboがやっているアウトリーチとか、ドラマの東京MERみたいに待っているだけじゃ救えない命がある、僕のシステム開発の仕事もそれ。
机に座って待っていても良い結果出せない。自分から前のめりになって首を突っ込んでいかないといけない。
いまは、この先石油がなくなって何もできなくなったら全然話は変わっちゃうんだけど、いろいろとやる準備を進めていかないといかん。