先日仕事中にふと自分の仕事ぶりは過剰品質かもしれないなと思った。世の中の一般的な業務システムはあまり設計がよくないし、開発プロジェクトはトラブルが多くて完成が遅れる分だけ余計にソフトウェア開発会社はお金をもらえて儲かるが、システムを使う会社はそれに平気でお金を払っていて、その品質で世の中は回っている。
それに比べて自分の作っているシステムは設計がよくて開発が早く15年以上使っていて何の問題もないのだが、世の中はもっと出来の悪いもので十分回っているわけなので、そこまでの品質は現実には必要がない、つまり過剰品質かもしれないというわけ。
世の中のいったい誰が15年以上も拡張可能な良い設計のシステムを必要としているだろうか。みんなもっと短かい期間しか使えないシステムのせいで一からシステムを作り直すためにお金をいっぱい払うことに文句がない。
過剰品質というとよくコストの話になるのだけど、自分の場合には自然体で普通に早く仕事をしていると過剰品質になるのでコストは問題にならない。問題はそういう品質でソフトウェアを作れる他の人を雇うのが難しいこと。
僕も過剰品質を止めたほうが人を雇いやすいしお客さんからもっとお金をとれるので都合がいいのだが、自然体で仕事をしている結果なので変えるのが難しい。
同僚に聞いたら、いっぱいお酒を飲んで酔っ払って仕事をすればいいと言われたが、それならたしかにもっと悪いシステムが作れるようになると思う。
あとは年をとって頭がボケてくるのを待つのがいい。実際にだんだん頭の働きが悪くなってきているのを感じているので、この調子で老化していって良い塩梅に低品質のものが自然に作れるようになる日が来るかもしれない。